資本と経営の分離と、社会資本と民間資本 |
- 日時: 2003/03/25
- 名前: hashimoto
- @ 資本と経営の分離
資本主義と民主主義が成長していく過程で、社会資本も成長していきます。水、電気、ガスなどのライフラインは国民の生活を豊かにしていきますし、鉄道、電波、道路などの情報・交通などのインフラは、民間産業の経済行動を下支えして国の経済水準を維持します。
しかし、同時に社会資本は、利権を育み、競争原理を壊してモラルを破壊していきます。これは、民間資本が、カルテルやトラストというように権益を既得権益として主張する行動と同じなのです。資本主義は、社会資本では利権が、民間資本では既得権益が、経済の競争力とモラルを破壊していくのです。
この利権と既得権益はなくすことはできません。法律で縛ることも中々難しいのは歴史が証明しています。私はこの命題に、システムで対抗するべきではないかと考えています。
それは、権力の分立を概念を用いることです。つまり、資本と経営を分離して、資本は利潤を経営に求め、経営は資本から独立し、民法に従い行動するのです。資本と経営が独立して、民法でその権力の抑制と均衡を図るという考え方です。
従って、社会資本は、国民にいわゆる株主としての権利があり、その運営は、行政でなくとも民間でいいという考えです。むしろ、行政は、その運営を評価する機関であり、経営には参加するべきではないでしょう。株主である国民は、社会資本から生まれる利潤を均等に受け取る権利があり、また、求める権利があります。国民から評価を委託された行政は、効率のよい経営を民間企業に委託すればいいのです。
A 社会資本と民間資本の区別
問題なのは、社会資本に民間資本が入らないようにすることです。。水、電気、ガスなどのライフラインや、鉄道、電波、道路などの情報・交通などのインフラを社会資本と定義し、それ以外の民間資本と明確に区別しなければないりません。
その意味では、JRなどの民営化は間違っていると思います。JRの設備などの固定資本は国民のものであり、国民一人一人に株主としての権利を与えるべきなのです。その上で、経営を民間企業に委託して、その利潤を国民一人一人が享受する社会であるべきでしょう。
これは、電波についても同じで、テレビ電波は受け取る権利は、少ない設備投資で国民が享受することができますが、電波を発信する権利は、国民一人一人に平等にはありません。これは、放送するチャンネル数が限られているということと、ニュースキャスターやタレントという芸能関係に人々など、限定した人々にしかその権利は与えられません。電波という社会資本は発信する権利は国民には平等ではないのです。
現実として、電波を発信する側、つまり供給側が小さいのですから、その価値が高くなり、ニュースキャスターやプロスポーツ選手などの電波を発信する側と、受け取る側の人間の経済格差は極端になっています。
本来、資本主義では資本を投下して収益をあげるのですが、電波を利用して収益をあげる人々は、電波という社会資本と無償で利用しているのです。そして、その権利が国民に平等にないとすれば、それは不当であると言えるでしょう。社会資本で収益をあげるのならば、社会資本の所有者に使用料を支払うべきでしょう。当然、この使用料は、社会資本の所有者である国民の一人一人に還元されます。
この考え方にたてば、後進国の、水、電気、ガスなどの社会資本整備に、多国籍企業が介入することは、その国の経済的自立を失うことを意味していて、とても危険といえるでしょう。
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